
※登場人物は全て仮名です。
公園のベンチで、私は衝撃を受けていた。
「えっ、プラスチックのおもちゃって、むしろ良くないの?」
隣に座るママ友の愛子さんが、スマホ片手にニヤリと笑った。
「良い悪いじゃなくてね。知育玩具のほうが飽きないんだよ。うちの子、去年のクリスマスにもらったキャラもののおもちゃ、3日で見向きもしなくなったけど、木の積み木は1年経った今も遊んでる」
私の息子・ケンタは今、砂場で100均のプラスチックショベルを振り回している。先週買ったばかりなのに、すでに持ち手が割れかけていた。
「でも知育玩具って高いでしょ? ボーネルンドとか1万円超えるし」
「だから、ふるさと納税使うんだよ」
愛子さんがスマホの画面を見せてくれた。そこには、岐阜県の木工職人が作った積み木セットの写真。寄付額2万5000円。
「2万5000円も出せないよ…」
「実質2000円だって」
「は?」
愛子さんは溜息をついた。
「あのね、ふるさと納税って税金の先払いなの。来年払う予定の住民税を、今年先に好きな自治体に寄付する。で、2000円だけ自己負担で、残りは全部控除される。つまり2万5000円寄付しても、実際の出費は2000円だけ」
私の脳内で、何かが繋がった。
「じゃあ、どうせ払う税金で…おもちゃが貰える?」
「そう。しかも質の高いやつ」
その日の夜、私は夫を巻き込んで3時間ふるさと納税サイトを漁った。
検索窓に「知育玩具」と打ち込むと、画面が商品で埋め尽くされた。木製パズル、積み木、ドミノ、楽器、ままごとセット。どれも職人の手作り。どれも無塗装か、自然由来の塗料。
「なんか…全部欲しくなってくる」
夫が呟いた。
「でも上限あるよね? うちいくらまで?」
シミュレーターに年収を入力すると、控除上限額が表示された。6万8000円。
「え、6万8000円分選べるの?」
「実質2000円でな」
私たちは顔を見合わせた。そして同時に叫んだ。
「全部選ぼう!」
最初に選んだのは、高知県の木製パズル。寄付額1万5000円。対象年齢2歳から。レビューには「うちの子、これで初めて集中力がついた」とあった。
次に選んだのは、石川県の積み木セット。寄付額2万円。面取りが丁寧で、誤飲の心配がないと書いてあった。
「あと3万3000円分ある」
夫が電卓を叩いた。
「楽器もいいんじゃない? 音感育つって聞くし」
私は北海道の木琴を選んだ。寄付額1万8000円。音階が正確で、将来ピアノに繋がるらしい。
「残り1万5000円」
「ドミノは?」
岐阜県のドミノ倒しセット。500ピース。寄付額1万5000円。
「ピッタリじゃん!」
カートに入れた瞬間、夫が言った。
「待って、これ全部ケンタに必要?」
私は即答した。
「必要」
「2歳児に木琴とドミノ500ピース?」
「成長するし」
夫は笑った。
「お前、完全にハマってるな」
翌週、最初の荷物が届いた。
段ボールを開けると、木の香りが部屋中に広がった。高知県の木製パズル。ヒノキの優しい手触り。ピースの一つ一つに、職人の丁寧な仕事が感じられる。
ケンタに渡すと、最初は戸惑っていた。いつものプラスチックのおもちゃと、明らかに質感が違う。
でも10分後、彼は夢中になっていた。
同じピースを何度も外して、何度もはめる。100均のパズルは5分で飽きていたのに、このパズルは30分も集中していた。
「すごい…本当に違うんだ」
私は愛子さんにLINEした。
「知育玩具、マジですごい。ケンタが30分も集中してる」
返信は秒で来た。
「でしょ? 次は何届くの?」
「積み木と木琴とドミノ」
「ドミノ500ピースって、2歳児に?」
「成長するし」
「完全に沼だね」
12月中旬、我が家のリビングは木製玩具で埋め尽くされていた。
積み木セット。木琴。ドミノ500ピース。パズル3種類。そして追加で申し込んだ、愛媛県の木製レールセット。
「ちょっと…多くない?」
夫が呟いた。
「いや、全部使うから」
「ケンタ、まだ積み木も上手く積めないぞ」
その瞬間、ケンタが木琴のバチで床を叩き始めた。
「ほら、音楽に興味持ってる」
「それ、ただ叩いてるだけだろ」
でも私は止まらなかった。
ママ友グループのLINEで「ふるさと納税の知育玩具いいよ」と布教を始め、実家の母にも「孫のために申し込んだら?」と勧めた。
母からの返信は冷静だった。
「あんた、去年まで『ふるさと納税なんて面倒』って言ってなかった?」
「言ってたけど、目覚めたの」
「何に?」
「知育の力に」
翌日、保育園の先生に呼び止められた。
「お母さん、ケンタくん最近集中力上がりましたね」
「本当ですか?」
「木のおもちゃで遊ぶようになりました? 手先の動きが明らかに変わってます」
私は鼻高々で答えた。
「ええ、ふるさと納税で知育玩具を揃えまして」
先生は微笑んだ。
「素晴らしいですね。でも…」
「でも?」
「おもちゃは3つくらいで十分ですよ。多すぎると、逆に集中できなくなるので」
その言葉が、胸に刺さった。
帰宅後、私はリビングを見渡した。
木琴、ドミノ、レールセット、積み木、パズル。全部で8種類。確かに多い。ケンタは毎日違うおもちゃに手を出して、結局どれも中途半端に遊んでいた。
夫が仕事から帰ってきて言った。
「なあ、ドミノとレールセット、俺の実家に送らない? 甥っ子にあげたら喜ぶと思う」
「えっ、でもこれ私が選んだ…」
「使ってないだろ」
悔しいけど、図星だった。
翌週、私はドミノとレールセットを義実家に送った。甥っ子からお礼の動画が届いた。レールを繋げて大はしゃぎしている。
その姿を見て、ふと思った。
ふるさと納税の知育玩具が素晴らしいのは、品質だけじゃない。本当に必要な人に、適切なタイミングで届けられることだ。私は「実質2000円」に興奮して、必要以上に申し込んでいた。
でも、適切に選べば、これほどコスパの良い投資はない。
私は残った積み木とパズルと木琴を、丁寧にケンタの手が届く場所に並べた。3つだけ。シンプルに。
次の日、ケンタは積み木を5個積み上げた。初めての記録だった。
私はスマホで写真を撮りながら、愛子さんにLINEした。
「ふるさと納税、来年も絶対やる。でも欲張らない」
返信はすぐ来た。
「成長したね」
「まあね。でも12月になったら、また見ちゃうと思う」
「沼は深いよ」
「知ってる」
リビングで積み木を積むケンタを見ながら、私は来年の返礼品リストを、すでに頭の中で作り始めていた。